2009年10月11日日曜日

第 6 話 お城の結婚式

お城では、盛大な結婚式が挙げられていました。
黒ライオンと、白い雌ライオンが、ひな壇に立っていました。

ファンファーレが鳴ると、
塔の上から、白鷺が舞い降り、
式場へ飛んできました。

白鷺は、翼に1本だけ、
銀色の羽を持っていました。
白鷺から、その1本が抜きとられ、
花嫁に差しだされました。

つぎに、黄金色の小箱がもってこられました。
フタを開けると、
銀のハサミと、銀の針と糸がでてきました。

花嫁は、ハサミで糸を切り、
針に通すと、
銀の羽を、自らのベールに縫いつけました。

もう一度、ファンファーレが、盛大に鳴り響きました。
黒ライオンと、白い雌ライオンは、
並んで、遠くに目をやりました。

窓の外に、海岸が見え、
そこから、大きな船が出ていくところでした。
2人は、それをずっと、見つめていました。
船が視界から消えると、
さらにもう一度、ファンファーレが鳴りました。

お祝いの言葉をのべる人々が、2人を取り囲みました。
人々は、花嫁のベールに縫いつけられた、銀の羽を、
ひとりひとり触らせてもらい、
幸せにあやかろうとしました。

なごやかな雰囲気のなかで、
結婚式は夜半までつづきました。

2009年10月7日水曜日

第 5 話 針と音楽

あるところに、1本の小さな針がいました。
その針は、音楽がとても好きでした。

その針は、お城のお針子さんの小箱の中に、
ほかの針たちといっしょに、住んでいたのです。
音楽がとても好きだったので、
いつも音楽のことを考えていました。
でも、ぼんやりしていて、お針子さんの指を突いてはいけませんから、
お勤めの時だけは、音楽のことを忘れなければなりません。

針は、よく夜になると、
小箱を抜け出して、お城の人々の舞踏会を見に行きました。
だって、そこでは、いつも音楽がそうそうと鳴っていましたから。

ヴァイオリンや、チェロの音の美しさと言ったら、
針はいつも、空を飛んでいるような気分になるのでした。
空を飛ぶと、お月さまや星たちが、ニコニコ笑って、
針に話しかけて来るのでした。

「おや、また来たのかい?」
「今日も、お城は、舞踏会だね」
「君は、お城のシャンデリアと、わたしたちの光と、
どちらがお好みかね?」
「今晩は、どのくらい、ここにいられるのかね?」

針は、月と星が優しくしてくれるので、
こうした時間が大好きでした。

ある時、お城の犬が、針に言いました。
「君、そんなに音楽が好きなのかい?」
「ええ、ぼくは、音楽のことしか考えられないくらいです」
「では、ほかの針たちと、合奏団をつくればいいじゃないか」
針は、そんなことを考えたことがなかったので、すこしびっくりしました。
でも、それは、とても素晴らしいことのように感じられたのです。

さっそく、小箱に戻ると、ほかの針たちに尋ねました。
「ねえ、きみたち、僕と一緒に合奏団をつくろうじゃないか」
でも、ほかの針たちは、興味なさそうに、
「そんなものをつくって、どうするんだい」
と、言うばかりです。
「みんなで音楽を演奏したら、きっと楽しいよ」
と、針が言っても、
みんなしらん顔でした。

針は、とてもがっかりして、
それからも、1人で小箱を抜け出しては、
舞踏会を見に行きました。
犬がまたやってきて、
「合奏団はできたのかい?」
と聞きましたが、
「いいえ、まだです」
と、さびしそうに、答えました。

ところが、ある日のことでした。
お針子さんが、仲間のお針子さんと、
舞踏会をのぞきに行くことにしたのです。
2人は、クスクス笑いながら、
相談をしていました。
「いいこと、見つかっちゃだめよ」
「そうそう、カーテンの陰からそっとのぞくだけよ」

そして、夕暮れになり、舞踏会がはじまりました。
2人のお針子さんは、その日のお仕事をすませて、
いよいよ、こっそりと、部屋を抜け出そうとしていました。
「あら、あなた、小箱を持っていくつもり?」
「そうよ。これは、わたしの大切な宝物。どんなときにも、手放さないの」
「じゃまじゃないかしら?」
「大丈夫よ」

そして、2人のお針子さんは、部屋を抜け出し、
カーテンの隙間から、クスクス笑いながら、
舞踏会を見ていたのでした。

宴もたけなわとなり、人々は、酔ったように、
ダンスを繰り広げていました。
ワルツが鳴り、男女がクルクルと輪を描いて、
ホールを駆け廻りました。

その時です、ある1組の男女が、
お針子さんたちの隠れているカーテンのところまで、
勢いよくやって来て、ドンッと、ぶつかったのです。
男女はそのまま行ってしまいましたが、
お針子さんは、小箱を取り落としました。

針たちは、そして、ハサミや糸たちも、
バラバラと、カーテンの向こうへ、
そう、つまり、ホールの中へ、こぼれ落ちました。
お針子さんたちは、びっくりして、
逃げ出しました。
誰も2人に気づきませんでしたが、
2人は、小箱を落としたことも知らず、
走りに走って、自分たちの部屋に戻ったのでした。

一方、ホールにばらまかれた針たちは、
(もちろん、ハサミと糸もです)
はじめての舞踏会に、目をぱちくりさせていました。
なんて、きらびやかなのでしょう。
なんて、楽しいのでしょう。
そして、音楽は、なんて素敵なのでしょう。

みんなみんな、空を飛び、
月や星たちとお話をしました。
「やあ、君たちは、はじめてだね?」
「ええ、ええ、そうなんです。
なんて、素晴らしいのでしょう」
と、こんな具合です。

やがて、その日の舞踏会もおしまいとなり、
人々は去っていきました。
ホールには、針たち(そして、ハサミと糸もです)だけが、残されました。
だれにも気づかれずに。

そして、その間に、小箱の仲間たちは、
合奏団をつくったのです。
針が指揮者になって、
みんなで、シャンシャン、ピキピキ、チョキチョキ、音をたてました。
なんて、楽しいのでしょう。
月と星も、にこやかに、針たちの合奏を見守りました。
そして、感心してこう言ったのです。

「いやいや、彼らの合奏はなかなかじゃないかい」
「そうそう、舞踏会の合奏団よりうまいくらいだよ」

合奏は、翌朝までつづきました。
みんなが疲れて眠ってしまったころ、
お針子さんが、眠い目をこすりながら、
ホールにやって来ました。
小箱を落としたことに気が付いたのです。

そして、小箱を見つけると、
こぼれた針やハサミや糸をあつめ、
小箱に戻して、パタンとフタを閉じました。

お昼になり、お針子さんがお勤めをしようと、小箱を開けたとき、
針たちは、やっと目を覚ましました。
そして、お勤めをしながら、
「やあ、昨晩はたのしかったね」
「音楽はいいね」
「また、一緒に演奏しようじゃないか」
と、おしゃべりが絶えませんでした。

そのせいでしょうか。
今日は、お針子さんは、何回も、針で指を突きました。
ハサミを取り落とし、糸は、なかなか針の穴に通りませんでした。

小箱のなかのみなさん、
音楽は素晴らしいですね。
でも、あまり、お針子さんを困らせないようにしましょうね。

2009年10月3日土曜日

第 4 話 見知らぬ街

家を出た。
門を開き、閉じて、道に出た。

今となっては、どこへ行こうとしていたか、思い出せない。

なぜなら、家を出て、数歩も行かないうちに、
見知らぬ街に、迷い込んでいたらからだ。

道は、うねうねと曲がり、行き止まりが多かった。
家々は、それぞれ顔をもっており、
車は、動物のようだった。
道には、昼間から街灯がともり、
耳とシッポのはえた人々が、
にぎやかにおしゃべりをしたり、働いたりしていた。

「やあ、どこから来たね?」
「ああ、いえ、・・・さあ、どこだったか・・・」
「まあ、どこでもいいさ」「うちに寄って行かないかね?お茶でもどうだい」
「はい、それはどうも。ありがたくいただきます」

ウサギのような格好をした男にさそわれて、
家へと導かれた。

「あら、おかえりなさい。こちらは、どちら様?」
「父さん、お帰り。お客さんを連れて来てくれたんだね」
「そうさ。今日のお客さんだ。おい、母さん、お茶の用意をしておくれ」
「はいはい、分かっていますとも」

3人のウサギの家族だ。
おや、赤ん坊も1人いるようだ。では、4人家族なんだな。

「もう1人のぼうやは、寝ているのかい?」(旦那)
「ええ、それはもう、ぐっすり」(奥さん)
「でも、さっきまで、ずっと泣いてたんだ」(息子)

お茶の準備ができた。
不思議な香りのハーブティーと、
手作りのクッキーが出た。

「どちらから、いらっしゃいましたの?」
「さあ、それが、どうにも・・・」
「この方は、細かいことは気にしないのさ」
「南の丘の方から来たんじゃないの?」
「やあ、ぼうや、そうかも知れない」
「ほらね」

部屋の中には、たくさんの花が飾ってあった。
鉢植えもいっぱい並んでいた。

「美しい花ですね」
「ええ、それはもう。これは、家内の自慢なのです」
「わたくしが、自ら開発した品種もたくさんありますわ」
「いい香りです」
「ええ、それはもう」
「母さんは、花のことで頭がいっぱいなんだ。
こないだなんか、ぼく、鉢をたおして、怒られちゃった」
「それは、いけなかったね、ぼうや」
「でも、鉢は毀れなかったんだ。」
「でも、お花が1りん、落ちたわね。かわいそうだったわ」
「ぼうや、おまえまだ、母さんにごめんなさいを言っていなかったろう」
「知らないやい」

やがて、夕暮れになった。
父さんウサギが電気をつけ、
「夕食もご一緒に、いかがかな?」
「いえいえ、そろそろ家へ帰らねば」
「帰り方は、分かりますかな?」
「それが、どうにも」
「我が家の前の通りをわたると、広場があります。
その広場に、色の違う街灯が1本だけあるはずです。
行ってみれば分かりますよ。それが見つかれば、お家へ帰れるでしょう」
「ありがとうございます。奥さん、美味しいお茶をありがとう。
ぼうや、楽しかったよ」
「またね、おじさん」
「お気をつけてお帰りなさいまし」

ウサギの家を出ると、道をわたり、広場へと入って行った。
たくさんの街灯がともっていたが、人っ子一人いなかった。
わたしは、順番に、街灯の色を確かめていった。
11番目の街灯が、青色をしていて、
バラ色の他の街灯と違っていた。

わたしは、その前に佇んだ。

やがて、青色がふわっと、ふくらんでいき
わたしは、その光の中に包まれた。
光は、しだいに広がっていき・・・
めくるめく光の氾濫に、目が眩んだわたしは、
いつの間にか、目をしっかりと、つむっていた。

わたしが、おそるおそる目を開くと、
そこは、見なれた公園だった。
わたしの家の近所の、いつもの公園だった。
方向を確かめて、わたしは歩き出した。
夕暮だというのに、
街の人々が、総出で枯葉を掃いていた。
耳とシッポがはえている気がしたが、
まあ、なんでもないのだろう。

やっとこさ、家の前に辿りつき、
門を開け、門を閉めて、
ドアの中に入った。

妻が、にこやかに出迎えてくれた。
いつものように。
「お帰りなさい、あなた」
そして、
「今日は、素敵な花を街でみつけました。
ほら、こんなにめずらしい花ですわ」
と言って、
世にもめずらしい姿と香りの花を差し出したのだった。
ウサギの奥さんがつくった花なのかどうかは、分からない。

2009年10月1日木曜日

第 3 話 少年と犬

*~~~~~~~~~~*~~~~~~~~~** もくじ **~~~~~~~~~~*~~~~~~~~~*
第1部
1.  出帆
2.  星の落としていったもの
3.  2日目
4.  波止場
5.  夢とそのあと
6.  再び海上へ
7.  カモシカと子グマと宿屋
8.  白い雌ライオン
9.  再び夢
10. 城
11. 魔法使いのリボン
12. 白い雌ライオンに渡したもの

第2部
13. 霧
14. ドアの向こう側
15. 少女
16. 黒ライオンと歌
17. 城の中で
18. 城を出る
19. 次のドア
20. 赤目の黒ライオン
21. 戦い
22. 白鷺
23. 犬の先導
24. 声
25. 最後のドア

第3部
26. 海岸
27. 沖へ
28. カモメたち
29. 船
30. 再会と別れ
31. 物語
32. お休み


第1部
*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
1. 出帆

そこは、海岸でした。
この断崖から見える対岸は、青白く浮かび上がって見えました。

今、その対岸から、船が出ようとしていました。
たくさんの帆をはった、りっぱな船でした。

乗組員は、101人でした。
船長は、たっぷりとした髭をたくわえていました。
船長が、「出発!」と合図すると、
船は、ゆったりと動きはじめました。

その時、小さなボートに乗った3人組みが、
(おっと、子犬も1匹いました!)
その船と一緒に出発し、
そっと、その後にくっついて行ったのに気づいたのは、
1人だけでした。
それは、1番年下の、下働きの少年でした。

少年が、船尾から、ボートの3人に、
ウィンクを投げかけると、
1人が、短く口笛を吹きました。
(子犬は、いきおいよく尻尾をふりました)

時刻は、早朝です。
まだ、星影が消え残っていました。

少年は、船尾を離れて、
仕事に戻りました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
2. 星の落としていったもの

船はすべるように、岸を離れ、
流星のごとく素早く、海を突きすすみました。

ボートの3人組みは、威勢よくオールをかきます。

イルカが何頭か、喜びいさんで、
船に並走していました。
波しぶきが、白く、美しく、立ちました。

月と星はもう姿を消し、
太陽が空ぜんたいを、白い光の中に包もうとしていました。

その時です、最後の光を残して、消えていった1つの星が、
小さな銀のハサミを海の中に落としていったのに、気づいたのは、
やはり、あの下働きの少年だけだったのです。

少年が、ハサミの沈んで行くのを目で追いつつ、
もう1度、空に目をやると、
星が消えたあとに、
カモシカの影が駆け抜けていくのが見えたようでした。
ふたたび海に目を戻すと、
もう、ハサミの行方は、分からなくなっていました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
3. 2日目

翌朝、少年が目を覚ますと、
太陽が、いつもより、おおきく見えました。
朝の太陽は、白銀色と思っていたのに、
ひどく赤く見えました。
何かが起こったのかもしれません。
ただの、太陽の気まぐれなのかもしれません。

少年は、よく分からないまま、
仕事に就きました。

ボートは、あいからわらず、
船尾についてきていました。
少年は、子犬に、乾し肉の切れはしを投げてやりました。
(昨晩、自分の分から少し取っておいたのです)

午後になり、空を見上げると、
一瞬、子グマの姿が浮かんだような気がしました。
見たことのない透明な白い魚も泳いでいましたが、
少年は、とくに不思議に思いませんでした。

海は、静かに凪いでいました。
太陽は、1日中、いつもより、少し大きく、少し赤みがかっていました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
4. 波止場

翌日、天気は上々で、
太陽は、いつもの姿に戻ったようでした。
午後には、陸に船をつけて、
船員たちは、荷のあげおろしをしました。

少年は、船長が、背の高いやせた乗組員に、
「これが済んだら、しばらく陸にはあがれんぞ」
と、言っているのを耳にしました。

少年も、おおきな大人たちに混じって、
荷のあげおろしを手伝いました。

休憩時間になって、
少年は、大人たちから離れて、
少しブラブラすることにしました。
子犬がボートから降りて、
そばに寄って来ました。

少年は、子犬をつれて、
日陰を探しながら、街中を歩きました。

休憩時間が終わるころに、
少年が波止場へもどると、
船は出発したあとでした。

少年は、置いてきぼりになりました。

ボートの3人組も姿がありませんでした。

少年と子犬は、宿屋の主人にたのんで、
台所のすみに、一晩泊めてもらいました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
5. 夢とそのあと

少年は、夢の中にいました。
白い魔法使いが、火のそばで、色とりどりの珠を取り出していました。
銀色の小さなハサミも、そこに置いてありました。

目を覚ますと、そこは、森の中でした。
子犬は、少年の横で、まだ眠っていました。

子犬は起きる気配がなかったので、
少年は、1人で歩きはじめました。

白い魔法使いの影が、フイと通り過ぎた気がしたので、
そちらのほうへ進んでいきました。

花がたくさん咲いていました。
魔法使いの珠のように、色とりどりでした。
中でも、1番美しいのが、
白い花びらの花でした。
中心には、金色の王冠を戴き、
葉は、銀の羽でした。

そばに、1枚、羽が落ちていたので、
少年は、それを拾いました。

白い花の芳香は、あたりに満ち満ちていました。

少年は、しばらく、その花々のなかで、
眠ることにしました。
子犬が、またどこからかやってきて、
そばでまるくなりました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
6. 再び海上へ

目覚めると、再び、海の上でした。
小さなボート(3人組が乗っていたものにそっくりでした)に、
子犬と一緒に乗っていました。

今また、いつもよりも赤くおおきい太陽が、
沈みかかっていました。
太陽がますます大きくなりながら、
水平線のかなたに沈んでしまうと、
あたりは、まっくらになりました。

子犬が心細そうに啼きましたが、
頭をなでてやると、小さく尻尾をふって、
少年の膝のうえにのりました。

まっくらな闇が数時間ほど続きました。
時刻は、何時頃なのでしょう?
その時、空が、少し、明るんだ気がしました。
少年が見上げると、
あの透明な白い魚が、たくさん、
空を横切っていました。
その魚が、白い光を淡く出しているのでした。

美しい眺めでした。
星が、さっきよりも、増えたようでした。
魚たちは、星々のあいだを、
縫うようにして、泳いでいました。

金色の粒子が、海面から舞い上がっていました。
よく見ると、海面には、あの白い花がいくつも浮かんでいました。
花の王冠から、金色の粒子がたち昇っていたのです。

魚たちは、その粒子を口に含んでは、
きれいな泡を吹き出していました。
泡は、海面に舞い降りて、
(舞い降りるうちに、それは、雪のようになっていました)
水面を少し凍らせていました。

凍った部分からは、
花の芽が吹き出し、
見る間に成長して、
美しい白い花を咲かせました。
銀の葉が、風にふかれて、
何枚も飛んで行きました。

カモシカが、1頭、浮かんでいて、
こちらを静かに見つめていました。
子グマが、カモシカに、何か話しかけていました。

内容は、分かりませんでした。

そのあと、空はまたしだいに暗くなり、
すべては、姿を消しました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
7. カモシカと子グマと宿屋

次に少年と子犬が目を覚ました時、
2人は、知らない街にいました。

前を、カモシカと子グマが歩いていました。
2人は、何やら話しているようでした。
「銀のハサミ」という声が、
聞こえた気がしました。
が、確かなことは、わかりません。

少年は、子犬を抱き抱えて、
2人のあとを追いました。

2人は、ある宿屋に入りました。
宿屋の主人は、フクロウでした。
少年がついて入ると、
「いらっしゃい」と言って、
部屋の鍵をくれました。

少年の前を行く2人は、
また、「銀のハサミ」と、言ったようでした。

少年と子犬は、そこで一夜を明かしました。


*++++++++++*+++++++++*+++++++++*++++++++++*++++++++++*
8. 白い雌ライオン

翌日、朝早くから、カモシカと子グマは、
宿を出ました。
そして、森の方へ向かいました。

少年も、子犬を連れて、2人のあとを追いました。
2人は、少年がついてくるのを、気にもとめていませんでした。

森に着きました。
その森には、ゲートがあり、
「日暮れまでにもどれ」
と、書いてありました。

少年は、日暮れとは、何時のことだろう、
と、考えながら、そのゲートをくぐりました。
くぐるとき、子犬がちいさく吠えました。

4人は、ながい距離を歩きました。
途中、誰にも出会いませんでした。
黒い鳥が何羽か、木の上を飛び回っていましたが、
それもしだいに、遠ざかって行きました。

やがて、木々のひしめきが途切れ、
ひらけた場所が近づいて来ているのが分かりました。
実際に、そこまでやってくると、
その場所は、清々しい光に包まれていました。

そして、ここにも、
あの白い花びらの大輪の花が、
いくつも咲いていました。

あたりに芳香が漂っていました。

反対側から、人影がやって来ました。
その影は、花がいちばんたくさん、
こんもりと咲き乱れている場所を選んで、
そこに、横たわったようでした。

カモシカと子グマが、また、
「銀のハサミ」と、言い、
少年は、その横たわった影のそばまで歩いて行きました。

それは、白い雌ライオンでした。
今は、静かに眠っているようでした。

やがて、カモシカと子グマは、咳払いをひとつすると、
来た道を引き返しはじめました。

少年と子犬もそれにつづきました。

ゲートをくぐる時、ちょうど日暮れでした。
今が何時なのかは、
よく分かりませんでした。


*++++++++++*+++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
9. 再び夢

少年は、夢を見ていました。
白い雌ライオンが、
銀の羽を頭に飾り、銀のハサミを手に持っていました。

そこは、海岸でした。
客船がやってきて、碇を降ろし、
船員や乗客が、岸に上がりました。

少年は、船のマストの上から、
その情景を眺めていました。

人々が、全員船から降りてしまうと、
白い雌ライオンが、かわりに、船に乗りました。
たくさんのお伴を従えていました。
猿や鳥がにぎやかに音楽を奏でていました。

少年は、相変わらずマストのてっぺんにいました。
さっき、他の人々と一緒に船を降りるべきだったのかもしれません。
少年は、困惑気味で、マストから降りられずにいました。

船が出ました。

少年は、そこで、目が覚めました。
そこは、宿ではなく、お城の中でした。
子犬は、大人の犬になっていました。


*++++++++++*+++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
10. 城で

お城の中は、人でごった返していました。
舞踏会が開かれていたのです。

人々の話声と、音楽、食べ物の匂いで、
ホールは、にぎわっていました。

少年は、人々が、犬を見てすこし驚いた顔をするので、
バルコニーへ出て行きました。

外は、涼しい風がそよいでいて、
中とはおおちがいでした。
少年はすこしほっとして、
夜空の星を眺めていました。

バルコニーのまわりには、
樹々が、葉をゆらしていました。

そして、その枝のひとつに、
銀のハサミがぶら下がっていました。

少年は、手を伸ばして、それを取りました。
小さく、きらめく銀のハサミでした。

少年は、しばらく、それを眺めていましたが、
前に拾った銀の羽と一緒に、
胸のポケットに、そっとしまいました。

気づくと、舞踏会は終わっていました。
人々は、別れの挨拶を交わしながら、
ホールを去って行くところでした。

少年も、ホールを出ました。

お城の門を通り抜けるときに、
空を見上げると、
カモシカと子グマの後ろ姿が見えたようでした。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
11. 魔法使いのリボン

少年が、次にどうしようかと、考えていると、
宿屋のフクロウが、そばの木の枝にとまっていました。
フクロウは、しきりにどこかを指し示していました。

少年が、その方角に目を凝らすと、
お城の窓に、白い魔法使いの姿が見えました。
魔法使いは、桃色のリボンを、
窓から風に乗せて、泳がせていました。

リボンは、ヒラヒラとなびいて、
魔法使いの手を離れると、
空を、渡っていきました。

少年は、その後を追いました。
犬もついて来ました。

リボンは、どうやら、ずい分な速度で、
空を飛んでいました。


*++++++++++*++++++++++*+++++++++*++++++++++*++++++++++*
12. 白い雌ライオンに渡したもの

途中で、リボンは、白鷺に姿を変えました。
そして、小高い丘の方へと飛んで行きました。
白鷺に追いつくのは、大変なことでした。

白鷺が、丘に舞い降りると、1本足で立って、
眠りはじめました。
横には、白い雌ライオンが、寝そべっていました。
白鷺が眠りに就くと、
起きあがって、遠くを見つめました。

雌ライオンの視線の先には、
海がありました。
少年の乗っていたりっぱな船が、
今、岸から離れていくところでした。
船長が、「これが済んだら、しばらく陸にはあがれない」と、
言っていたのを、少年は思い出しました。
では、もう、あれから、だいぶ時が経ったのでしょう。

船が行ってしまうと、
雌ライオンは、少年のほうを向きました。
そして、やさしくうなずきました。

少年は、自然に雌ライオンの前へ行き、
胸のポケットから、銀の羽と銀のハサミを取り出して、
雌ライオンにわたしました。

雌ライオンは、またやさしくうなずきました。

少年は、犬と一緒に、
その場をはなれました。


第2部
*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
13. 霧

少年が、数歩あるくかあるかないうちに、
あたりは、霧につつまれていました。
寄りそっている犬の体温だけが感じられて、
姿はおぼろげでした。
その犬は、いまでは立派な成犬になっていたので、
少年は、こころづよく感じました。

向こうの方に、ドアがあるようでした。
少年は、そのドアに向かって、歩くことにしました。

それにしても、霧はこく、
もうもうと立ち込めていました。
少年は、息ができなくなるのではないかと、
思ったほどです。

手探りで、なんとかドアの前にたどりつくと、
ドアの前には、おばあさんが1人、椅子に座っていました。
おばあさんは言いました。
「おやおや、本当にこのドアの向こうに行く気かね?」
よく見ると、おばあさんには、尻尾がはえているのでした。
そして、尖った細い杖を持って、
ひゅんひゅん振り回しました。

少年は、すこしこわくなりました。
でも、となりで、犬がひと声吠えたので、
ふたたび勇気が湧いてきました。

「はい、行こうと思います」
「ふふん、本当かね? まあ、いいさ、行ってみるがいい」

そのとたん、おばあさんの姿は、かき消えました。
少年は、ドアを開けました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
14. ドアの向こう側

ドアの向こう側も、霧が立ち込めていました。
数歩あるくと、今度は、少し、霧が晴れて、
周りが見えるようになりました。

右手の遠くの方に、お城の姿が見えました。
お城は、少年には、無関心なようでした。

お城から、白鷺が飛び立って、
少年のすぐ目の前を横切っていきました。
赤い花を嘴にくわえていたようです。
きれいな、白鷺だな、と、
少年は、思いました。

気づくと、足元には、無数の足を持った生き物が、
うじゃうじゃと這っていました。
少年はぞっとして、犬の首をしっかりと抱きました。

どちらへ進めばいいのか、まるっきり分かりませんでした。

やみくもに、どちらともない方向へ進むうちに、
また、向こうのほうに、ドアが見えてきました。
さっきの、木のみすぼらしいドアとはちがって、
こんどのドアは、豪華な美しいドアでした。

少年は、ドアの方へ進んでいきました。
気がつくと、犬には、たてがみが生えていました。
姿かたちも、ますますおおきく立派になっていました。
犬は、低くうなっていました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
15. 少女

ドアの前には、蔦でできた綺麗なかわいい白い椅子に、
蝶の羽を持った少女が座っていました。

「こんにちは、ぼうや」
と、少女は言いました。
「このドアの向こうへ行くつもり?」

少年はこたえました。
「はい、そうです。
このドアのむこうには、何があるのでしょう。」

「あら、それを言うことはできません。
でも、行くのは自由ですよ。
ところで、その犬は立派ですね。
わたしにくれないかしら?」

「まえのドアのところにおばあさんがいて、
行かない方がいいようなことを言われたのですけれど。
犬は、あげられません。
この犬とぼくは、ずっと一緒にいたのですから、
これからも、一緒にいようと思います。」

「おや、おばあさんに脅かされたのね?
あのひとはいつでも脅かすのが好きなのです。
でも、あながち、的外れでもないのかもしれませんわ。
犬は、あきらめましょう。
無事にここを通り抜けられるといいわね。」

「ありがとう。」

少年は、ドアを開けて、
向こう側へ出ました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
16. 黒ライオンと歌

ドアの外にいたのは、
黒ライオンでした。

黒ライオンは、ひと声低くうなって、
ついて来るように目くばせをしました。

犬は、目を細めて、黒ライオンを見つめていましたが、
少年の方をいったん振り向くと、
自分から歩き出しました。

少年もつづきました。

黒ライオン、犬、少年の順に、
3人は、霧のかかった場所を、
進んで行きました。

いつのまにか、夜になったらしく、
霧をとおして、空に星の姿が見えました。
美しい月が、やさしく微笑んでいました。

風がそよそよと吹き、
霧がときどきふわりとのけられました。

少年は、気付くと、
昔、お父さんに教わった、
大好きな古い歌を、口ずさんでいました。

リュリュリュ、ヒュロリン
リュリュリュ、ヒュロリン

  昔ちいさなあずま屋があって、
  ちいさな少年が本を読んでいました。
  少年が本をひらくと、
  きれいな蝶がよってきました。

  リュリュリュ、ヒュロリン
  リュリュリュ、ヒュロリン

  少年が本を読んでいる間じゅう、
  蝶は、そばで舞っていました。
  そして、少年が読み終わると、
  少年にキスして、
  飛んで行きました。

  リュリュリュ、ヒュロリン
  リュリュリュ、ヒュロリン

  少年は、お家に帰りました。
  夕飯が出てきて、
  さあ、食べようとすると、
  蝶がやってきて、
  少年の肩にとまりました。

  リュリュリュ、ヒュロリン
  リュリュリュ、ヒュロリン

  そして、少年に言いました。
  「明日も、あずま屋に来てくれるわね?」
  少年が、「うん、きみが望むなら」と、答えると、
  蝶は、少年にキスして、飛んで行きました。
 
  リュリュリュ、ヒュロリン
  リュリュリュ、ヒュロリン

  お母さんが、不思議そうな顔をして、
  「誰とお話していたのかしら?」
  と、聞きました。
  少年は、「蝶だよ」と言うと、
  「あら、いいこと」
  と、お母さんは言って、
  温かいスープをよそってくれました。

  リュリュリュ、ヒュロリン
  リュリュリュ、ヒュロリン

黒ライオン、犬、少年の順に、
あいかわらず、3人は、歩きつづけていました。

遠くの方に、また、お城の姿が見えてきました。
黒ライオンは、どうやら、そちらの方へ向かって、
歩いていました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
17. 城の中で

お城にたどり着きました。
銀色の、美しいお城でした。
蔦がやさしげに、壁に寄りそっていました。

ながい階段が、らせん状に上へと向かっています。
3人は、階段を昇っていきました。

1番上まで昇りきると、
小さなドアがありました。
ひとが1人くぐり抜けられるかどうかの、
小さな木のドアでした。

黒ライオンがドアを開けて、
中に入りました。
少年と犬もつづきます。
(少年は、頭をぶつけました)

そこは、ドアに負けないくらい小さな小部屋でした。
金色のベッドが置いてあって、
白い雌ライオンが、横たわっていました。
白い雌ライオンは、どうやら、ケガをしているようでした。

脇腹に、赤く血がにじんでいました。
よく見ると、銀のハサミが刺さっているのでした。

その時、犬がたてがみをおおきく振りました。

・・・と、その中から、
小さな銀の針と糸が落ちてきたのです。

少年はそれを拾いました。
そして、白い雌ライオンの脇腹から、
銀のハサミをそっと抜きとり、
銀の針と糸で、傷口をぬってやりました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
18. 城を出る

それから、白い雌ライオンは、
ゆったりと、起きあがりました。
そして、銀のハサミを、
白い綺麗な小箱にそっとしまいました。
それから、少年の方を向くと、
銀の羽を、かわりに取り出して、
少年に与えました。

少年は、ちいさな声で、
「どうもありがとう」と言うと、
それを、また、胸のポケットに、
大切にしまいました。

黒ライオンが、小さなドアを開けたので、
少年は犬と一緒に、
ドアを抜けました。
(今度は、頭をぶつけませんでした)

階段が、下方へ、ながく続いていました・・・

2人は、来た時と同じように、
階段をこんどは、降りて行きました。

黒ライオンは、ドアのところで、
2人の姿を見送っていました。

*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
19. 次のドア

階段を降りきると、
やはり、まだ霧がかかっていました。

あいかわらず、方向が分かりません。
少年は、お城からまっすぐに、前へ進んでみることにしました。

しばらくすると、また遠くにドアが見えてきましたので、
少年は、そちらへ向かいました。

犬が、少しためらいがちな様子を見せました。
歩きたくないようです。
少年は、犬の首を、ポンポンとたたいて、
勇気づけてやりました。
犬は、低くうなりました。

足元には、美しい花が咲き乱れていました。
その香りで、少年は息が出来ないほどでした。
月があい変わらず、やさしく微笑んでいました。
地上の花とおなじように、
空の星も色とりどりでした。

かすかに、歌声が聞こえてくるようでした。
どこからともなく・・・

ドアの前に着きました。
椅子が置いてありましたが、
誰も座っていませんでした。

少年は、ドアを開けました・・・


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
20. 赤目の黒ライオン

ドアを開けたとたん、
ものすごい唸り声がきこえてきました。
少年は、驚いて、犬の方を振り返りました。
犬は、ますます低い声で唸りながら、
遠くを見すえています。

なにかが・・・
暴れまわっているようでした・・・

少年は、恐ろしくなりましたが、
勇気をふりしぼって、そちらの方へ向かいました。
慎重に、なにが起こっても、切り抜けられるように、
少年は祈りながら、歩きました。

犬は、今、黄金色に輝いていました。
たてがみを振り乱して、
高々と、吠えました。

向こうで、なにが起こっているのか、
ようやく分かりました。

黒いライオンが、
白鷺を引き裂こうとしているのです!

黒いライオンは、少年と犬の姿に気づくと、
白鷺を片足で押さえつけて、
こちらをにらみつけました。

そのライオンの目は、赤く光っていました。
少年は、すぐに、それが、さきほどの黒ライオンとは、
違うことが分かりました。

犬がけたたましく吠えました。
ライオンも唸り声をあげて、応戦します。

2頭は、戦闘態勢に入りました・・・


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
21. 戦い

2頭は、同じくらいのおおきさでした。
どちらも、たてがみをおおきく揺らして、
相手を威嚇しました。

少年は、白鷺のかたわらへ行って、
そっと、膝のうえに抱きました。

2頭がぶつかり合いました。
相手の胸ぐらをつかんだかと思うと、
マリのように弾みながら、
相手に咬みつきました。
どちらも、ケガを負いました。
唸り声と、バシッバシッ、という音が、
あたりに響きわたりました。
霧が乱されて、もうもうと煙をあげました。

・・・・・・・・・・

いつの間にか、静かになっていました。
どちらも、倒れこんでいました。

やがて、黄金色の犬が、
ゆっくりと、起き上りました。
つづいて、赤目の黒ライオンも、
起き上りました。

2頭は、静かに見つめ合っていました。
やがて、赤目の黒ライオンは、
静かに、その場から歩き去って行きました。

犬が、少年のもとへ戻ってきました。
白鷺は、少年の膝のうえで、
息絶え絶えでした。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
22. 白鷺

少年は、犬のたてがみの中から、
銀の針と糸を取り出しました。
そして、白鷺の胸の傷を、ていねいに、縫ってやりました。

羽が1本抜けおちていましたので、
胸ポケットから、銀の羽を取り出して、
そこのところに、縫いつけてやりました。

白鷺は、すっかり元気になって、
「ありがとう」とひと声ささやくと、
夜の空へと、高く飛んで行きました。

星屑が、さらさらと、舞い上がるようでした。

少年が、「次のドアはどこでしょう」
と、大きな声でたずねますと、
「西の方よ」と、声がしました。
「西はどちらでしょう」
と、また少年がたずねると、
「あなたの犬が教えてくれるでしょう」
と、答えがかえって来ました。

犬が歩きはじめました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
23. 犬の先導

ふと、気づくと、
また、あの足のたくさん生えた生き物が、
そこら中を這っていました。

しかも、その数が、しだいに増えていくようでした。
少年は、気持ちが悪くなって、
走り出しました。
その生き物は、少年の体にまで、
這いあがって来ようとするのです。

犬が、生き物を蹴散らしながら、
先導をしました。

カラスが啼きはじめました。
大きな影が、少年の頭上を、
サッとばかりに駆け廻りました。

少年は、ほとんど目をつぶりながら、
犬の後を追いました。

ドンッ、と音がしました。
少年が、何かに頭をぶつけたのでした。
ドアでした。

今度は、ドアのかたわらには、何もなく、
少年は、急いでドアを開けて、
後ろ手に閉めました。

ドアの向こうは、
またしても、霧でした。
それも、とても濃い霧でした。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
24. 声

犬がふたたび先導しました。
あたりは、シン、としていました。

足のたくさんある生き物は、
もういないようでした。
少年は、すこしほっとしました。

しばらく、なにごともなく、
2人は進みました。

霧で前が見えませんでしたが、
さっきよりも、少し暖かく感じました。
犬の黄金色に輝く毛並みが、
ぼんやりと浮かび上がっていました。

そのうち、何か声が聞こえる気がしました。
その声は、
「早く、早く」
と、言っているようでした。

犬が足を速めましたので、
少年も小走りについて行きました。

よく耳を澄ますと、
「ケケケケケ ヒヒヒヒヒ」
という、笑い声も聞こえてくるようです。

ひとつの声が、
「早く、早く」
と、言い、
もうひとつの声が、
「ケケケケケ ヒヒヒヒヒ」
と、笑っていました。

その声に追い立てられるようにして、
犬と少年は、急ぎ足で、進みつづけました。

*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
24. 最後のドア

もうすこし行くと、
人影が2つ見えてきました。
と、言っても、
霧が濃かったので、
すれ違いざまに、
ようやく姿が目に入ったのです。

それは、蝶の羽をもった少女と、
尻尾のはえたおばあさんでした。

少女が、「早く、早く」と、言い、
おばあさんが、「ケケケケケ ヒヒヒヒヒ」と、笑っていました。

少年が、通り過ぎる時に、
少女は、「時間がないわよ」
と、小声でささやきました。

2人は、ますます足を速めて、
最後は、全力で走りはじめました。

ドアが、見えました・・・!

手前に来たとき、
ドアは、半分消えかかっていました。

いそいで、消える寸前に、ノブを回し・・・
なんとか、くぐりぬけました・・・!

2人がくぐりぬけた瞬間、
ドアはもう完全に、消え失せていました。


第3部
*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
25. 海岸

そこは、海岸でした。
空は青く、陽がさんさんと光を海面に反射させていました。

見ると、犬は、もう少年の傍らにはいませんでした。
波打ち際に、ボートが浮かんでいて、
3人組が、こちらに向かって、手を振っていました。
子犬が、ちょこんと、乗っていました。

少年が、口笛を吹くと、
3人が、口笛を返しました。

「やあ、船はいってしまったようだね?」
と、太った男が言いました。
(ボートの3人組は、太った男、背の高いやせた男、小さい男でした)

「はい。でも、この海岸は、あの時の海岸とは、違うようです」
「気にすることはないさ」
「ええ」
「これから、どこへ行くつもりかね?」
「分かりません。船は行ってしまったし、困っているんです」
「じゃあ、一緒に来るがいいさ」
「ありがとう。たすかります」

少年は、ボートに乗せてもらいました。
「おじさんたち、これからどこへ行くのです」
「なすがままさ」
「目的地は、ないのですか?」
「なすがままさ」

海は、おだやかでした。
空には、透明な白い魚が、かすかに、浮かんでいました。
ためしに、少年が、
「今日は、空に透明な白い魚が浮かんでいるようです」
と、言うと、
「まあ、そうだね」
と、返事が返って来ました。

ボートは、岸を離れました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
26. 沖へ

ボートは、沖へと出て行きました。
波にのって、ゆったりと・・・

空には、透明な白い魚が泳いでいて、
少年は、寝そべって、それを眺めました。
太陽は、いつもより、少し赤く、少し大きく見えました。
でも、いぜんのように、不安な感じはありませんでした。

少年は、まえに、カモシカや子グマの姿が、
空に浮かんだことを思い出しました。
白い花が、海いちめんに、咲いていたことも思い出しました。

それから、いろいろなことが、
起こったことを、思い返しました。
けれど、少年は、とても疲れていたので、
まもなく、眠りにつきました。

3人組みは、威勢よく、オールを掻いていました。
子犬が、シッポを振って、うれしそうに吠えていました。

穏やかな1日でした。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
28. カモメたち

翌日、空はよく晴れて、
ゆったりとした大きな波が立っていました。

少年は、すがすがしい気持ちで、
海面の波の姿を眺めました。
久しぶりの海は、気持ちを静め、そして、高めてくれました。

今日はもう、空には、透明な白い魚の姿はありませんでした。

灯台のそばをとおり抜けました。
不思議な形をした、穴のあいた岩をいくつもやり過ごしました。
時々、カモメがやってきて、ボートのふちにちょこんと止まり、
魚の姿を目にすると、また、サッとばかりに、
飛び去っていきました。

赤い目のカモメが、少年をチラリと横目でみつめました。
少年は、変わったカモメだな、と思いました。
そして、少し、不安な気持ちになりました。
そのカモメは、すぐに、飛び去りました。


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
29. 船

午後になり、風が少し強まりました。
遠くに、大型船のマストが見えました。

3人組が、力いっぱいオールを漕いで、
近寄って見ると・・・

それは、少年の乗っていた船、
少年を置き去りにしていった船だったのです。

「やあ、君の船だね」
「ええ、そうです。間違いありません!」
「船を止めるかね?」
「出来ますか?」
「やってみようじゃないか」

3人組は、「オーレ!」と叫びながら、
力をいっぱいに出して、ボートを漕ぎ、
船の船首のすぐ近くに、ボートを着けました。

そして、
「おーい、おーい!」
3人合わせて、声をあげました。
少年も「おーい、おーい!」

船首にいた1人の乗組員が、
ボートの姿に気づきました。
そして、
「なんだね!?」

「ぼくです、ぼくです!」「波止場で船に乗りそこないました!」
「やあ、なんだ、おまえかい?」
「そうです。乗せてください」
「よし、今、船を止める」


*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*+++++++++*
30. 再会と別れ

船が止められ、背の高い船員が、ロープを投げてくれました。
少年が、ロープをつかむと、
太った体格のよい船員が、そのロープを引っ張って、
少年を引き上げてくれました。

「やあ、どうしたんだい、どこへ行っていたのさ」
みんなが、集まって来て、
少年にたずねました。
「ええ、波止場ではぐれて・・・
それから、いろんな目に合いました。
でも、今は、こうして無事に戻って来られました」
「まあ、よかったよ。心配したんだぜ」
「はい、ありがとうございます」

ボートの3人組に手を振ると、
3人組は、口笛を吹き、
子犬は、名残惜しそうに、3回吠えました。

「良かったな、君」
「またいつか、会えるかな」
「はい、また、いつか」

ボートはやがて、視界から姿を消しました。
その瞬間、少年の目には、
小さな子犬が、ふたたび、
黄金のたてがみを持つ、大きな犬に見えました。
それは、まるでライオンのようでしたが、
シッポをみると、ちゃんと犬なのでした。

*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*
31. 物語

少年は、乗組員たちに、
自分が、どんな目に合って、
どんなことをしたかを、順序立てて話しました。
乗組員たちは、感心して、少年の話を聞きました。

ある者は、
「こいつはなかなか面白みがあるぞ」と言い、
ある者は、
「なんにしても、聞いていて飽きないからな」と言いました。

ぜんぶを語り終えると、
少年は、とても眠くなってきました。
「さあ、今日はもう、ゆっくり休むがいい」
と、船長が言ってくれました。
「はい、ありがとうございます」

少年は、みんなに挨拶をして、
自分の船室へ降りていきました。

*++++++++++*++++++++++*++++++++++*++++++++++*+++++++++*
32. お休み

ドアを開けると、
懐かしい小さなベッドがあり、
柔らかなふとんがあり、
そして、嗅ぎなれた、
いつもの自分の匂いがしました。

少年が、ベッドに横になって、眠りにつこうとすると、
枕の下に、なにか固いものがあるのに気づきました。

少年が、枕の下を探ってみると・・・
小さな古びた小箱が出てきました。

なんだろう?と思って、
少年はフタを開けました。

なかには・・・

銀の羽とハサミ、
そして、銀の針と糸が、
入っていたのです。

少年は、そのひとつひとつを、手に取り、
頭の上にかざしてみました。

そして、それから、そっと、ぜんぶを、
箱の中にもどし、
パタンとフタを閉めました。

フタのすき間から、
銀の粒子がこぼれ落ちました。

少年は、クスリと笑い、
そして、口元に笑みをうかべたまま、
枕に頭をつけると、
ゆっくりと、
やすらかな眠りへと落ちていきました。

*----------*----------*----------*----------*----------*----------*----------*----------*