あるところに、1本の小さな針がいました。
その針は、音楽がとても好きでした。
その針は、お城のお針子さんの小箱の中に、
ほかの針たちといっしょに、住んでいたのです。
音楽がとても好きだったので、
いつも音楽のことを考えていました。
でも、ぼんやりしていて、お針子さんの指を突いてはいけませんから、
お勤めの時だけは、音楽のことを忘れなければなりません。
針は、よく夜になると、
小箱を抜け出して、お城の人々の舞踏会を見に行きました。
だって、そこでは、いつも音楽がそうそうと鳴っていましたから。
ヴァイオリンや、チェロの音の美しさと言ったら、
針はいつも、空を飛んでいるような気分になるのでした。
空を飛ぶと、お月さまや星たちが、ニコニコ笑って、
針に話しかけて来るのでした。
「おや、また来たのかい?」
「今日も、お城は、舞踏会だね」
「君は、お城のシャンデリアと、わたしたちの光と、
どちらがお好みかね?」
「今晩は、どのくらい、ここにいられるのかね?」
針は、月と星が優しくしてくれるので、
こうした時間が大好きでした。
ある時、お城の犬が、針に言いました。
「君、そんなに音楽が好きなのかい?」
「ええ、ぼくは、音楽のことしか考えられないくらいです」
「では、ほかの針たちと、合奏団をつくればいいじゃないか」
針は、そんなことを考えたことがなかったので、すこしびっくりしました。
でも、それは、とても素晴らしいことのように感じられたのです。
さっそく、小箱に戻ると、ほかの針たちに尋ねました。
「ねえ、きみたち、僕と一緒に合奏団をつくろうじゃないか」
でも、ほかの針たちは、興味なさそうに、
「そんなものをつくって、どうするんだい」
と、言うばかりです。
「みんなで音楽を演奏したら、きっと楽しいよ」
と、針が言っても、
みんなしらん顔でした。
針は、とてもがっかりして、
それからも、1人で小箱を抜け出しては、
舞踏会を見に行きました。
犬がまたやってきて、
「合奏団はできたのかい?」
と聞きましたが、
「いいえ、まだです」
と、さびしそうに、答えました。
ところが、ある日のことでした。
お針子さんが、仲間のお針子さんと、
舞踏会をのぞきに行くことにしたのです。
2人は、クスクス笑いながら、
相談をしていました。
「いいこと、見つかっちゃだめよ」
「そうそう、カーテンの陰からそっとのぞくだけよ」
そして、夕暮れになり、舞踏会がはじまりました。
2人のお針子さんは、その日のお仕事をすませて、
いよいよ、こっそりと、部屋を抜け出そうとしていました。
「あら、あなた、小箱を持っていくつもり?」
「そうよ。これは、わたしの大切な宝物。どんなときにも、手放さないの」
「じゃまじゃないかしら?」
「大丈夫よ」
そして、2人のお針子さんは、部屋を抜け出し、
カーテンの隙間から、クスクス笑いながら、
舞踏会を見ていたのでした。
宴もたけなわとなり、人々は、酔ったように、
ダンスを繰り広げていました。
ワルツが鳴り、男女がクルクルと輪を描いて、
ホールを駆け廻りました。
その時です、ある1組の男女が、
お針子さんたちの隠れているカーテンのところまで、
勢いよくやって来て、ドンッと、ぶつかったのです。
男女はそのまま行ってしまいましたが、
お針子さんは、小箱を取り落としました。
針たちは、そして、ハサミや糸たちも、
バラバラと、カーテンの向こうへ、
そう、つまり、ホールの中へ、こぼれ落ちました。
お針子さんたちは、びっくりして、
逃げ出しました。
誰も2人に気づきませんでしたが、
2人は、小箱を落としたことも知らず、
走りに走って、自分たちの部屋に戻ったのでした。
一方、ホールにばらまかれた針たちは、
(もちろん、ハサミと糸もです)
はじめての舞踏会に、目をぱちくりさせていました。
なんて、きらびやかなのでしょう。
なんて、楽しいのでしょう。
そして、音楽は、なんて素敵なのでしょう。
みんなみんな、空を飛び、
月や星たちとお話をしました。
「やあ、君たちは、はじめてだね?」
「ええ、ええ、そうなんです。
なんて、素晴らしいのでしょう」
と、こんな具合です。
やがて、その日の舞踏会もおしまいとなり、
人々は去っていきました。
ホールには、針たち(そして、ハサミと糸もです)だけが、残されました。
だれにも気づかれずに。
そして、その間に、小箱の仲間たちは、
合奏団をつくったのです。
針が指揮者になって、
みんなで、シャンシャン、ピキピキ、チョキチョキ、音をたてました。
なんて、楽しいのでしょう。
月と星も、にこやかに、針たちの合奏を見守りました。
そして、感心してこう言ったのです。
「いやいや、彼らの合奏はなかなかじゃないかい」
「そうそう、舞踏会の合奏団よりうまいくらいだよ」
合奏は、翌朝までつづきました。
みんなが疲れて眠ってしまったころ、
お針子さんが、眠い目をこすりながら、
ホールにやって来ました。
小箱を落としたことに気が付いたのです。
そして、小箱を見つけると、
こぼれた針やハサミや糸をあつめ、
小箱に戻して、パタンとフタを閉じました。
お昼になり、お針子さんがお勤めをしようと、小箱を開けたとき、
針たちは、やっと目を覚ましました。
そして、お勤めをしながら、
「やあ、昨晩はたのしかったね」
「音楽はいいね」
「また、一緒に演奏しようじゃないか」
と、おしゃべりが絶えませんでした。
そのせいでしょうか。
今日は、お針子さんは、何回も、針で指を突きました。
ハサミを取り落とし、糸は、なかなか針の穴に通りませんでした。
小箱のなかのみなさん、
音楽は素晴らしいですね。
でも、あまり、お針子さんを困らせないようにしましょうね。
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