2009年10月7日水曜日

第 5 話 針と音楽

あるところに、1本の小さな針がいました。
その針は、音楽がとても好きでした。

その針は、お城のお針子さんの小箱の中に、
ほかの針たちといっしょに、住んでいたのです。
音楽がとても好きだったので、
いつも音楽のことを考えていました。
でも、ぼんやりしていて、お針子さんの指を突いてはいけませんから、
お勤めの時だけは、音楽のことを忘れなければなりません。

針は、よく夜になると、
小箱を抜け出して、お城の人々の舞踏会を見に行きました。
だって、そこでは、いつも音楽がそうそうと鳴っていましたから。

ヴァイオリンや、チェロの音の美しさと言ったら、
針はいつも、空を飛んでいるような気分になるのでした。
空を飛ぶと、お月さまや星たちが、ニコニコ笑って、
針に話しかけて来るのでした。

「おや、また来たのかい?」
「今日も、お城は、舞踏会だね」
「君は、お城のシャンデリアと、わたしたちの光と、
どちらがお好みかね?」
「今晩は、どのくらい、ここにいられるのかね?」

針は、月と星が優しくしてくれるので、
こうした時間が大好きでした。

ある時、お城の犬が、針に言いました。
「君、そんなに音楽が好きなのかい?」
「ええ、ぼくは、音楽のことしか考えられないくらいです」
「では、ほかの針たちと、合奏団をつくればいいじゃないか」
針は、そんなことを考えたことがなかったので、すこしびっくりしました。
でも、それは、とても素晴らしいことのように感じられたのです。

さっそく、小箱に戻ると、ほかの針たちに尋ねました。
「ねえ、きみたち、僕と一緒に合奏団をつくろうじゃないか」
でも、ほかの針たちは、興味なさそうに、
「そんなものをつくって、どうするんだい」
と、言うばかりです。
「みんなで音楽を演奏したら、きっと楽しいよ」
と、針が言っても、
みんなしらん顔でした。

針は、とてもがっかりして、
それからも、1人で小箱を抜け出しては、
舞踏会を見に行きました。
犬がまたやってきて、
「合奏団はできたのかい?」
と聞きましたが、
「いいえ、まだです」
と、さびしそうに、答えました。

ところが、ある日のことでした。
お針子さんが、仲間のお針子さんと、
舞踏会をのぞきに行くことにしたのです。
2人は、クスクス笑いながら、
相談をしていました。
「いいこと、見つかっちゃだめよ」
「そうそう、カーテンの陰からそっとのぞくだけよ」

そして、夕暮れになり、舞踏会がはじまりました。
2人のお針子さんは、その日のお仕事をすませて、
いよいよ、こっそりと、部屋を抜け出そうとしていました。
「あら、あなた、小箱を持っていくつもり?」
「そうよ。これは、わたしの大切な宝物。どんなときにも、手放さないの」
「じゃまじゃないかしら?」
「大丈夫よ」

そして、2人のお針子さんは、部屋を抜け出し、
カーテンの隙間から、クスクス笑いながら、
舞踏会を見ていたのでした。

宴もたけなわとなり、人々は、酔ったように、
ダンスを繰り広げていました。
ワルツが鳴り、男女がクルクルと輪を描いて、
ホールを駆け廻りました。

その時です、ある1組の男女が、
お針子さんたちの隠れているカーテンのところまで、
勢いよくやって来て、ドンッと、ぶつかったのです。
男女はそのまま行ってしまいましたが、
お針子さんは、小箱を取り落としました。

針たちは、そして、ハサミや糸たちも、
バラバラと、カーテンの向こうへ、
そう、つまり、ホールの中へ、こぼれ落ちました。
お針子さんたちは、びっくりして、
逃げ出しました。
誰も2人に気づきませんでしたが、
2人は、小箱を落としたことも知らず、
走りに走って、自分たちの部屋に戻ったのでした。

一方、ホールにばらまかれた針たちは、
(もちろん、ハサミと糸もです)
はじめての舞踏会に、目をぱちくりさせていました。
なんて、きらびやかなのでしょう。
なんて、楽しいのでしょう。
そして、音楽は、なんて素敵なのでしょう。

みんなみんな、空を飛び、
月や星たちとお話をしました。
「やあ、君たちは、はじめてだね?」
「ええ、ええ、そうなんです。
なんて、素晴らしいのでしょう」
と、こんな具合です。

やがて、その日の舞踏会もおしまいとなり、
人々は去っていきました。
ホールには、針たち(そして、ハサミと糸もです)だけが、残されました。
だれにも気づかれずに。

そして、その間に、小箱の仲間たちは、
合奏団をつくったのです。
針が指揮者になって、
みんなで、シャンシャン、ピキピキ、チョキチョキ、音をたてました。
なんて、楽しいのでしょう。
月と星も、にこやかに、針たちの合奏を見守りました。
そして、感心してこう言ったのです。

「いやいや、彼らの合奏はなかなかじゃないかい」
「そうそう、舞踏会の合奏団よりうまいくらいだよ」

合奏は、翌朝までつづきました。
みんなが疲れて眠ってしまったころ、
お針子さんが、眠い目をこすりながら、
ホールにやって来ました。
小箱を落としたことに気が付いたのです。

そして、小箱を見つけると、
こぼれた針やハサミや糸をあつめ、
小箱に戻して、パタンとフタを閉じました。

お昼になり、お針子さんがお勤めをしようと、小箱を開けたとき、
針たちは、やっと目を覚ましました。
そして、お勤めをしながら、
「やあ、昨晩はたのしかったね」
「音楽はいいね」
「また、一緒に演奏しようじゃないか」
と、おしゃべりが絶えませんでした。

そのせいでしょうか。
今日は、お針子さんは、何回も、針で指を突きました。
ハサミを取り落とし、糸は、なかなか針の穴に通りませんでした。

小箱のなかのみなさん、
音楽は素晴らしいですね。
でも、あまり、お針子さんを困らせないようにしましょうね。

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